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ベース弾きのヒトリゴト的ブログ

0911

手仕事と道具  

 私はいつも近所の理髪店で散髪する。腕がいいと評判の店で、他店と比べると少々値段は高いのだが今の場所に越してきてから20年以上通い続けている。
 ここ10年ほどは東京での長い修行を終えて帰って来た若旦那に調髪ってもらっている。この若旦那がまたいい腕をしていて、あっという間に切り終えてしまう。通常の半分ほどの調髪時間しかかからない。
 京都に帰ってきて仕事を始めた頃は
「高いのにもう終わりか。」
と文句を言う客も結構いたそうだが、仕事の質でみんな黙らせてしまった。
 彼の仕事は雑なのではなくて驚異的に速いのだ。そして仕上がりに常に満足させられるのはもちろんのこと、驚くべきことに髪が伸びていってもその時々でサマになる。だからものぐさな私は、一度切ったら数ヶ月は店に行かないことになる。バッサリ短くして半年近く行かないこともあった。
 彼にいつも
「長いこと間が開きましたね。」
と笑われるのだが、私は笑ってこう言い返す。
「長持ちするように切るから悪いんやん。」
すると彼は決まって照れくさそうに笑う。
 スピードと伸びても格好がつく仕事が不思議で彼に訊いたことがある。
 彼曰く、東京で親方からたたき込まれた技で、頭の形、毛の流れ、髪質などを総合すれば、どんな風に伸びていくかが分かるのだそうだ。その予測の元に緻密な計算を瞬時にして切る。だから少しずつ切りそろえる必要がなく、結果仕事が速くなってしまうのだそうだ。職人技はどんな世界でも神がかり的だ。

 でも今日、もっと話したいのは彼の技ではなく、彼の父と初めて見た道具についてだ。
 この店では今でもマスターと呼ばれるその人に、私は一度も調髪ってもらったことがない。この店に通い始めた頃はマスターの奥さんに調髪ってもらっていたからだ。
 マスターは「髪結いの亭主」を絵に描いたような感じの人で、あまり仕事をしているのを見たことがない。いつもニコニコしながら店にいる。たまに古い馴染みの客を調髪ってはいるが、殆どは掃除かシャンプーをしている姿しか見ない。
 今日も私は若旦那に調髪ってもらっていた。彼はいつものようにあっという間に切り終え、若い衆が白髪ぼかしを始めると店を出て行ってしまった。毛染め、顔剃りの後は仕上げがある。昼食かなと思っていると、若い衆たちの会話で歯医者の予約があったことが分かった。仕上げを人に任せるようなことはしない人だが、仕上げまでに帰ってこられるのかなと思っていた。
 染髪が終わり若い衆のシャンプー。顔剃りはマスターの奥さんが久しぶりにしてくれた。その後マスターが私の散髪台にやってきた。
 この店は顔剃りの後に耳搔きをしてくれる。「マスターに耳掃除をしてもらうのか、珍しいな」と思っているといつもと感覚が全く違う。耳搔きの当たりは柔らかいのだが、

ジョリッ  ジョリッ

と音がするのだ。耳垢どころか皮膚ごと削れているような感じがする。と言っても痛いわけではない。当たりは極めてソフトなのだ。
 まさかと思ったが
「ひょっとして剃刀かみそりですか?」
と訊いた。マスターはちょっと笑って言った。
「そうですよ。痛いですか。」
「いいえ。すごく気持ちいいです。耳穴に剃刀って入るんですか。」
と、私が馬鹿な質問をすると、マスターはまた笑ってこんなことを教えてくれた。
「ははは、まさか。耳穴専用の剃刀があるんです。これは産毛だけじゃなくて、耳穴の薄い角質も削れて気持ちがいいって、はまる人が多いんですよ。
 今は西洋剃刀が主流だけど日本剃刀はいろんな種類があってね。その一つです。西洋剃刀と違って毎回研ぐ必要があるから、使う人はあまりいなくなりましたね。当然日本剃刀専門に鍛造するような職人はもういなくなったと思いますよ。だからこの剃刀も売られなくなっていますね。京刃物取り扱ってる店に行けばあると思いますけど。私は予備にもう一本持っていますが、親父の代から使っているし、毎回研ぐからずいぶん小さくなってしまいました。」
 若旦那の歯医者のおかげで大変なものに出会ったようだ。
 私はどんなものなのかが見たくなり、頼んで見せてもらった。
耳穴剃刀
<京刃物「銀座菊秀」のホームページより>


 日本の手仕事を感じさせる道具だった。
 かつて耳穴専用の剃刀があった。そこに日本人が本来持っていたはずの美意識が結晶している気がした。
 日本の文化の底をさぐると、「粋」を愛し受け継いできた人々の「息づかい」のようなものを、いつも感じる。


 マスターの掌の中のそれは、半分ほどの長さにまで研がれて短くなっていた。


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Posted on 2021/09/11 Sat. 23:12 [edit]

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