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最期の偶然  ~親父の逝去~ その1  

 その日、私は東京に住む息子を呼び戻し、妻と娘も連れて、姫路の日赤病院に父を見舞いに来ていた。先週末も私は一人で親父を見舞っていて、2週続けて見舞うつもりは無かったのだが、息子が帰れそうだというので、今のうちに会わせておいた方がいいなと思い、家族4人で見舞ったのだった。
 病室に先に来ていた母や姉も含めて皆で談笑をしているときも親父はずっと昏睡状態だったが、多分聞こえているんだろうと思った。
 息子と娘の就職の内定の報告もできたし、容態も安定しているように見えていたので、とりあえずいったん京都の住まいに戻ろうとしていたときだった。
「今日は、京都に帰られない方がいいと思いますよ」
親父の脈をとっていた若い看護師は唐突にそう言った。


 先週末、私は親父のベッドの横のソファーで一夜を明かした。 日中は普通に親父とも会話ができたし、冗談も言っていた。しかし、夜、部屋の灯りが落ちて眠りについてからは、横に寝ている私を大声を上げて何度も呼んだ。
「今日は知事部局の呼び出しがあるから起こしてくれ」
「今日は入学式だから起こしてくれ」
親父は中学校教師としてその職に没頭していたときに帰っているらしい。
「今日は何も無いよ」
と言っては安心させて寝させるのだが、30分ほどもすれば、またなんだかんだと言って私を呼ぶ。
 あまりに何度も起こされるので、いい加減うんざりして、知らぬふりをして狸寝入りをしていると
「今年の教育実習生は返事もせん!」
と叱られてしまった。これには流石に吹き出してしまい、
「はい、先生申し訳ありません。何でしょうか?」
「お茶を入れてくれ」
「はい。冷たいのでよろしいですか」
と、親父とミニコントを始めてしまった。
 親父が最初の大腸がんの手術を受けたのは5年前になる(過去記事「親父の肩越しの月」「親父の背中」参照)。癌の摘出手術自体は成功したが、そこから様々な病との闘いが始まった。しかし老人性の痴呆にはならなかった。だから親父が見ているのは譫妄(せんもう)状態の中の幻覚で、極度の身体のストレスがそれを引き起こすことがあるのは知っていたので、かなり深刻な状況なのだということは理解できた。
 空が白んでくる頃になると親父はようやく幻覚症状から脱したようで、
「目をつむると、絵巻物みたいにいろんななものが見える」
と表現した。そして部屋を明るくするように私に言った。
 昼過ぎになって、実家の近くに嫁いでいる姉が病院に到着した。姉は親父の介護をこの五年間、一手に引き受けてくれている。私は昨晩のことを面白おかしく姉に報告し、看護を姉と交代して退出しようとしたとき、親父はこういった。
「これでお前も病人の看護の大変さが分かったやろ」
「誰が誰に言うてんねん!」
病室は笑い声で満たされた。親父の照れ隠しを含んだ冗談だ。


 「今日は、京都に帰られない方がいいと思いますよ」
 看護師がそう私たちに告げてから1時間も経たないうちのことだった。先週は冗談も言っていた親父が、静かに、本当に静かに息をひきとった。
「ご家族がみんなお揃いの中、逝かれるなんて本当に希なことなんですよ。ちょっと目を離した隙に逝かれることの方がずっと多いんですよ。」
と、最期の看取りを終えた親父の主治医は、そう言って私たちを慰めてくれた。
 5年間、ずっと親父を看てくれていた主治医が、今日たまたま当直であったことも偶然だし、今日家族が揃っていたことも偶然だった。その偶然に私たちは感謝した。

  そう言えば、今日は父の日だ───

<つづく>



 親父の最期を巡っては様々な偶然が重なった。そのことを何回かに分けて綴ろうと思う。その偶然の連鎖に何事かの意味があると思っているわけでは無いが、それを記しておくことには、少なくとも私たち家族にとっては、いくらか意味のあることになるはずだ。




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Posted on 2017/08/20 Sun. 17:34 [edit]

category: エッセイ

コメント

いやはや

改めて伺うに、3月11日未明に逝った我が親父とほんまに状況が似てますわ。
せん妄始まり、ガン3つ抱え直接の死因は直腸癌、最後は親父の弟一家以外は兄弟や子孫に看取られて行きました。
偶然という話やないですが、私はその後の明け方の自宅への行き来の時に、慌ててたのか朝時間限定の病院近くの一方通行逆走で捕まって、24年無事故無違反が途切れたこと、これが一番ムカついてますが…
私らも最後までちゃんとした親で人生を終えられるんかなあ(ー ー;)

URL | nagai@wease onG #-
2017/08/21 10:48 | edit

☆pboysblueさん

いつもコメントありがとうございます。

そうでしたか。
お父さん、間に合ってよかったですね。
息子と夫に見送られながらのご逝去だったのですね。
きっとお母さん、お父さんの到着を待ってくださってたのですね。
私もそう思いましたよ。

URL | きしもと #s7IGOOmQ
2017/08/20 23:55 | edit

ご冥福を。。。

15年前に丁度半年間昏睡して入院していた母が逝く瞬間を見送った事を思い出しました。
ずっと付きっ切りだった父親を休ませようと代わりに泊まり込んだ明け方、急に看護婦さん達がバタバタと始まってすぐでした。麻酔が掛かったみたいに何も感じなくて妙な穏やかさだけがあったのを覚えています。家族の縁って何物よりも強いのだなぁと思いました。
(気が気じゃない父親は早朝病院に戻って来ていたので最期に間に合いましたよ。)

URL | pboysblue #-
2017/08/20 18:26 | edit

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