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送り火と花火  

okuribi2.jpg

 昨日、五山の送り火を見た。
 16日の夜は近くのビルの屋上を開放してくれているので、数年前から妻と二人で観に出かけてるのだが、今年は娘や息子もついてきた。
 20時に東山如意ヶ嶽に大の字がくっきりと浮かび上がり、その後、私たちの観ている場所からは、舟形と左大文字が見えた。
 点火の瞬間は多少のどよめきが起こるものの、揺らめく篝火の灯りで描かれた文様を、集まってきている人は皆一様に、静かに眺めていた。
 お盆に帰ってきていた先祖の魂が、再び黄泉の国へ帰るときに迷わないようその足下を照らす「送り火」。「大文字焼き」と言っているのを聞くと、「五山の送り火」と訂正する京都人は今も多い。
 人との繫がりが薄れてきた今も、先人との繫がりを大切にしてきた文化は、静かに、そしてこんなにも美しく受け継がれている。

 夜空に輝く火を眺める行事には、花火大会もある。それは五山の送り火とは違い、派手な音と光で人を楽しませ、静かに眺めるというより、拍手や歓声がよく似合う。
 季節を問わず、イベントの一つとして花火はあちらこちらで打ち上げられているが、今もお盆近辺に花火大会を開催するところが多いことから考えて、その由来に目を向ければ、やはり、「迎え火」や「送り火」の意味合いや先人を偲ぶ想いがあったはずだ。
 先日の郷里の花火大会について記した記事に寄せられたコメントにある、昔の花火大会に感じられた情緒や風情は、花火を見る人の心の奥にあった、そうした想いが作り出していたものなのかも知れない。
 花火そのものが年々工夫を凝らされ、美しく煌びやかになっている。打ち上げの数は数千発、数万発と増え、そうなると打ち上げ作業はもはや人の手には負えず、コンピュータによって制御され、様々な色の組み合わせで観る者を夢中にさせる。
 そして、派手で煌びやかになればなるほど、ショー的要素の比重が増し、人々の心に受け継いがれてきた「想い」は、薄れて行かざるを得ない。
 そのことを否定するつもりはない。そうやって進化していく花火を楽しみたいと思う。
 しかし、送り火や迎え火としての意味合いも同時に伝えていくべきだとも思う。

 例えば日本有数の花火大会の隅田川花火大会。調べてみるとこんないわれがあった。

 『江戸時代、病気や凶作、飢饉で多数の死者が出ていたのを憂い、時の将軍吉宗が隅田川の水神祭りで大きな花火を披露し、死者の御霊を慰め悪疫退散を祈ったのが始まりだといわれています。
 さらに関東大震災・東京大空襲という二つの大きな火に包まれ、多くの命が失われた隅田川。そこで毎年行われる花火は故人の霊を慰める大切な花火なのです。
 このように日本の花火には、亡くなった方を偲ぶ想い、鎮魂の祈りが込められており、花火大会はご先祖の供養として7月8月のお盆の時期に行われることが多いというわけです。』

佐賀県 福聚山本経寺のブログより引用


 私は熱心な仏教徒というわけではない。お盆に先祖の魂が帰ってくると本気で信じているわけでもない。
 しかし、年に一度、先人のことを想う日があっていいと思う。
 その文化を次へと伝えていくことを通して深まっていく、人と人との繫がりもあると思う。

 五山の送り火を観ることに、関心を示さなかった息子や娘が、今年は一緒に行くと言った。
 息子は先日の私の郷里の花火大会でも、じっと空を眺めていた。
 息子が家を離れ東京で暮らしだしてから、初めての長期の帰省になる今年の夏休み。一緒にいることが当たり前だった家族が、離れて暮らすことになり初めて気付いた何かが、息子や娘の心の内にあったのかも知れない。

 彼らの目にあの灯りは、どう映り、どう残っていくのだろう ─────





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Posted on 2013/08/17 Sat. 19:07 [edit]

category: 京都

thread: 雑記 - janre: ブログ

コメント

☆ umechan

送り火の日は京都に帰ってたみたいやね。
皆さんお元気?

同窓会的なこと
できたらええね。

URL | きしもと #s7IGOOmQ
2013/09/14 14:17 | edit

しみじみ~ 

まいど。ご無沙汰しています。遅ればせながら記事読ませていただきました。 奇しくも私もブログに同じ話を書いていました。山焼きやない、送り火だ!と。

あの、独特のしみじみする感じ、京都に生まれ育ってよかったなあ、と実感します。しょっちゅう現場に見に行けてたわけではないけれど。 

まだ暑い日は続くけど、送り火を見ると、夏の盛りも過ぎてこれから徐々に涼しくなるなあ、とほっとする感じと、夏が過ぎる寂しさと。。 ですよね。そして京都に居る友人、先輩、後輩に会いたくなる。 

帰ってほっこりしたいなあ~。  Ume]


URL | umechan #-
2013/09/10 22:24 | edit

>マナサビイさん

コメントありがとうございます。

マナサビイさんの感じる、胸がきゅうっとなる感覚、分かります。
派手さと裏腹なあの感じは花火独特ですね

迎え火 送り火 打ち上げ花火や線香花火 盆提灯・・・・

どれも儚くぼんやりとして
私たちの記憶に少し甘酸っぱい想いを残す灯火ですね

URL | きしもと #-
2013/08/31 10:58 | edit

こちらの方にコメントさせていただきます♪
花火にそういう意味合いが込められているということ、知りませんでした!
でも、何でしょう、花火大会ってお盆と近い時期にあることが多いからかも知れないですが、無意識のうちに、儚さと胸にきゅうっとくるせつなさみたいなものを昔から花火に感じていたように思います。盛り上がり気分よりも、花火見るとちょっとしんみりしてしまうんですよね。
それに、子供の頃の花火やお盆の送り火の記憶っていまだに鮮明に記憶に残っているんです。他の行事の記憶とくらべてみても。
そういう意味が実は込められていることを知ると、ますます花火を見てウキウキどころかウルウルとなってしまいそうです。

読ませていただきながら、いろんなことを想い出してじ〜んと来ました。ありがとうございます。
奥様やお子さんと一緒に見るというのがさらにステキですよ〜(*^-^)b ご家族のいい思い出として残ると思いますよ。

URL | マナサビイ #-
2013/08/30 20:33 | edit

> まゆみさん

>でも、そう思っているか
>思っていないかで大きく違う気がするのです。。。
その通りだと思います。
御祖母様を偲ぶ想いがあるその場所に、御祖母様はいらっしゃると思います。

>寮の屋上
バスガイド時代ですね(^^)
きっと今観れば、胸が熱くなるでしょうね。

URL | きしもと #-
2013/08/18 01:13 | edit

私も
15日に去年亡くなったおばあちゃんのお墓参りに行ったのですが、おばあちゃんはお墓にいるのか…おうちに帰ってきてるのかめっちゃ悩んで、とりあえずお墓参りはしなきゃ!!という思いでお墓参りはしてきましたが、こーゆうのってなかなか難しい。
でも、そう思っているか
思っていないかで大きく違う気がするのです。。。

大文字!!o(^o^)o懐かしい!!
昔は寮の屋上でみてたなぁー♪
いい時価ですねぇ♪

URL | まゆみ #-
2013/08/17 22:11 | edit

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