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ベース弾きのヒトリゴト的ブログ

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春のライブツアー 第3弾 初の名古屋公演
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新しい家族  

 私の通勤路に動物愛護管理センターがある。以前はそこで飼い主が見つからない保護した犬たちの頒布会を時々やっていたのだが、最近は頒布会の会場は移したのか、やらなくなっている。
 妙な予感は朝からあって、そこで頒布会があって立ち寄っている夢を見た。頒布会に行ったことなどない。連れて帰ってもらえない動物たちは殺処分が決まっている。そんな場所にはよほどの覚悟がない限り立ち寄れない。それに現在の我が家の状況からして犬は飼えない。今年8歳になるモモという名の猫がいて、この子がとても臆病で犬との同居はまず無理だ。それに加えて餌だけ食べにくる片目の不自由な野良もいて外で飼うことも難しい。妙な夢だなと思いながら出勤の支度をした。
 センターに面した道路から見える外のケージに動物がいることに、最近はほとんど遭遇しなくなっていてちょっと油断していたのだが、その日の帰宅時、何気なくそちらに目をやると一頭の柴犬がいた。ドキッとしてアクセルを緩めた。
「止まるか?引き返すか?」
「いやいや、ムリだ」
「ほっといたらあの子、死ぬぞ」
「しかたないやろ。うちの子たちはどうするんや。責任持てるんか。みんな幸せにできるんか」
道の端に車を寄せ、止め処ない懊悩に苦しみ、諦めて車を発進しようとした時、スマホの着信が鳴った。バンドメンバーからのLINEだった。

「女紹介したろかと思て」
IMG_2417
「かわいいやろ。どう?」
「え?何?飼わんかってこと?」

 写真を見た私は30年ほど前のことを思い出した。
 私は学生時分に汚いアパートでこっそり猫を飼っていた。大学の生協の食堂で学生コンパが開かれていた夜、酔って歩いてる学生たちの雑踏の中、子猫が必死で餌をねだるように鳴いていたのだ。しかし、酔った学生には気付かれずポンポンと蹴とばされていた。それでも必死で鳴き続けている。そのことに気づいた私はその子をアパートに連れ帰ってしまったのだ。しかし、金が無いのと無知だったこともあって、避妊手術などはしていなかった。2年後、その子は5頭の子どもを産んだ。白猫は2頭で3頭は白黒のブチだった。
 大家は黙認してくれていたのだが、流石に子どもが生まれると只では済まず、アパートでは飼えなくなった。仕方なく所属していた軽音楽クラブの部室のある学生会館の屋上に、こっそり猫小屋を作ってそこで飼っていた。クラブの後輩や当時のバンド仲間たちもかわいがってくれていて、子猫のうち真っ白の子とブチの子の1頭ずつは、実家で飼うからといって引き取ってくれた。残った子たちを何とかしないと思っていたある日、学生課に見つかって追い出されたと後輩から電話があった。あわてて大学に駆け付け、敷地内のあちこちや近所を探し回ったが見つからない。保健所にも問い合わせたが保護してないとのことだった。
 結局その子たちと再び会うことはなかった。今でも残る私の古傷だ。
 その時の子猫に左の子がそっくりだった。

 「嫁さんの友だちン家の猫。飼い主さがしてて。右の子。オス。よかったら。」
縁だと思った。左の子ではなかったが、写真の中で子猫が
「柴犬クンの代わりにボクが行ってあげる」
そう言ってる気がした。妻も無類の動物好きで、事情を話せばきっと反対はしないだろう。その場でO.K.した。ラインを送ってくれたバンドメンバーは、あまりに私があっさり引き受けたのでちょっと心配してくれたが、大丈夫だからとラインを送ってスマホを閉じた。
 家に帰って、まだ仕事から帰ってなかった妻にメールと写真を送った。
 小1時間ほど経って、玄関のドアを開けるなり妻は2階に駆け上がってきた。
「いつ来るん?いつ来るん?」
と大騒ぎしながら。(笑)
 その日の夜、猫を世話してくれるというIさんという方と連絡を取った。その方が飼ってる猫ではなく、その人の知り合いの猫だそうで、週末の日曜に連れてきてくれるという。その猫は8月25日生まれだそうだ。私は結婚してからも猫とはずっと一緒に暮らしてきたが、あの安アパートで生まれた子たちを除き、出会ってきた子はみんな野良で、生年月日が分かっている子は初めてだ。
 翌日、Iさんからラインが入った。どうしても都合がつかず、連れて行けるのは約束の翌週の土曜になるという。盛んに恐縮しておられたが、ワクワクして待つのが一週間増えただけだと返信した。
 そして、いよいよその日がやってきた。昼頃に電話が入った。すると、先方の手違いで連れて行くはずだった子はすでによそに引き取られていて、残っているのは写真の左の子だという。
 私はまた縁を感じた。あの写真を見た時のあの感じ、内心「左の子じゃないのか」と少しだけ感じてしまった残念な気持ち。最初からあの子が来ることになっていたんだと思った。
 めちゃくちゃ恐縮されているIさんに、「ご縁だから」と伝えようとするのだが、よほど慌てておられるのか、なかなかこちらの言葉が届かない。なんとか
「大丈夫ですから連れてきてください」
と伝えて電話を切った。
 ラインで送られてきた写真を見て私たちはふきだした。
IMG_2507 (1)
「どうせ手違いやし」
とすねてるように見えたからだ。

 この子の家の宝塚から京都まで車で来られるIさんの、時々入るラインをそわそわしながら私たち夫婦は待った。近くまで来たという知らせが入ったときは、もう待ち切れず外に出た。
 Iさんの運転するプリウスに乗って、静かにその子はやってきた。車のドアが開き、キャリーに入って現れたその子はずいぶん落ち着いてるように見えた。おびえた様子はない。家に上がってもらいキャリーから出すと、すぐに興味津々な様子で部屋の中を探検し始めた。抱き上げても嫌がらない。
 ロングドライブだったし、きっとおしっこがしたいだろうとトイレのそばまで連れて行ってやると、すぐに用を足した。慣れるためにと思って、お願いして持ってきてもらった前の家のトイレ砂は必要なかった。賢い子だ。
 Iさんが帰られた後、起きてきた娘とその子はおもちゃで遊び始めた。猫は環境の変化に敏感で、新しい家になれるのには日数が必要なことが多いが、なんて順応性の高い子だと感心した。
 俳優の星野源にはまっている娘は、この子に「源ちゃん」と名付けた。私は別に星野源が好きでも何でもないが、なかなかいい響きだと賛成した。妻も異論はないようだった。
 その後、来客におびえて2階に引っ込んでいたモモが下りてきて、緊張の初対面をした。源ちゃんはモモと遊びたそうに寄って行ったが、臆病娘のモモは、威嚇の声をあげ寄り付かせようとはしなかった。モモにはもう少し時間が必要なようだ。

gen その夜、妻も私も源とたくさん遊んだ。告白するが、実は私はモモにはあまり好かれておらず、一緒に遊ぶどころかそばに近づくことさえ敬遠されている。久々に猫と遊べた私は大満足だった。
 妻はモモが気がかりで、早々にモモと一緒に床に就いた。娘はバイトに出かけ、私は源と二人きりで遊んだ。膝の上でちょこまかと跳ね回りながらおもちゃを追い掛け回す、何年振りかに味わう子猫の重みと感触が心地よかった。膝の上で休んだり私が立つと後を追ってきてくれたりするのもうれしかった。風呂に入って出てくると、風呂のドアの前で座って待っていた源を見て、私は完全にハートを射抜かれてしまった。
 普段なら私は宵っ張りで、深夜まで起きていることが多いのだが、少し風邪気味なこともあって早めに床に就いた。源は私の布団に入ってきた。猫と同じ布団で寝るのは、結婚してすぐに一緒に暮らし始めたチャン太と名付けたオス猫がいた時以来だから、10年ぶりぐらいになるか。さらに告白するが、私に懐いたのはチャン太だけで、結婚した後に一緒に暮らした他の子たちはみんな私が苦手だった。猫は男の低い声が苦手なんだという話やメス猫は特に男声を苦手とするんだという話を聞いて、それで自分を慰め続けてきた。息子には懐いていたが、それはあえて考えないようにしてきた。源の前のご主人も男性だったらしいから、それもあって私が平気なんだろう。有り難いことだ。
 風邪がうつっては大変と、寝息がかからないように気を付けつつ、源の体温を感じながら私は心地よい眠りに落ちた。


 これから源を加えた生活がどうなっていくのか、楽しみは尽きない。
 早くモモがこの生活に馴染んでくれることを、今は一番願う。






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Posted on 2016/11/13 Sun. 18:38 [edit]

category: エッセイ

The early bird catches the worm.  

 最近、朝一番で映画を見ることにちょっとはまっている。
 以前は休みの日はちょっとでも長く寝ていたかった性質(
たち
だったのだが、年のせいか休みの日でも早く目が覚める。だから何か有意義な過ごし方はないかと思っていて、元々映画好きだったこともあって、すっかり癖のようになってしまった。流石に毎週というわけにはいかないが、会員になってネットでチケットを買えば500円も安いことが分かり、ずいぶん気軽に行ける。
 私の住まいからは京都の中心的繁華街の河原町まで電車で4駅。よく行く映画館は河原町通りからほど近い新京極通にあるシネコン(MOVIX京都)で、8時半に家を出れば1本目の映画に十分間に合う。新京極通は観光客でにぎわう商店街なのだが、私が映画館を目指して歩いてる時間は、ほとんどの店がまだシャッターを下ろしていて、通りはガランとしている。朝の空気の中、開店準備に余念がない人々を見て歩くのはなかなか清々しい。
 また、少々早めに家を出た日は、普段なら人が多くてまず入ろうとは思わない誓願寺や錦天満宮にもお参りすることもあり、ちょっとした散歩気分で歩ける。特に誓願寺は、「落語の祖」と呼ばれる安楽庵策伝上人ゆかりの寺で、芸事上達祈願のために訪れる人も多く、こっそりベースの上達をお願いしたりしている。もっとも、そんなお参りなんかしていないで、映画見ている時間を練習に当てる方が上達は早いのだろうが。まあ、他力本願は大乗仏教の教えの中心だし、仏様も大目に見てくださるに違いない。(他力本願の意味が違うわいって怒られるかな)
 今日見た映画は「奇蹟がくれた数式」。ラマヌジャンという、第一次世界大戦の頃に実在したインドの天才数学者とイギリスの数学者の話。その映画館に行くときは、いかにもハリウッド的な話題作をよく見ていて、そうしたちょっと地味な映画の場合は京都シネマという単館系の映画をかけてる映画館に行く方が多いのだが、今回は何となく後味爽やかな作品が見たくてこの映画を選んだ。配給会社の宣伝文句には「奇跡と感動の実話」とあったが、その語感からくるような「安っぽくて押しつけがましい感動や涙」を狙った作品ではなかった。主人公たちの生き方を淡々と描いていて、見た後にすっきりとした感動に包まれるような、今日の気分にぴったりの映画だった。見るべき価値のある一本だと思う。(公式サイトはこちら
 映画を見終わって早めの昼食を軽く摂ってから、一駅分歩くのを常としている。途中に京都文化博物館があって、そこで時々面白い展示がされてるからだ。今は吉村作治先生監修の「国立カイロ博物館所蔵 黄金のファラオと大ピラミッド展」をやっているが、それは前回見たので、今日は別館ホールでやっているであろうイベントを期待して歩いた。本館は現代的な建物だが、別館ホールは旧日本銀行京都支店で、重要文化財にも指定されているとても気持ちのいい空間。中庭でタバコも吸えるし、ちょっと気に入っている。
 前回はエジプト展を見た後、別館で学生弦楽オーケストラの無料コンサートが開かれていて楽しんだ。私が見たのは京都芸大の演奏だった。流石芸大へ通う学生だけあって水準は高く、天井の高い空間にコントラバス、チェロ、ビオラ、バイオリンなどの音がいい感じに反響し、最高の音空間になっていた。
 今日もいいものやっていればいいがと思って歩いていると、町屋を改装した小さなギャラリーの前の「小坂弦楽器工房展」という看板が目についた。気になって中に入ってみると、工房の主人らしい人が一人でギターをいじっていた。
「ちょっと見せてください」と言うとにこやかな笑顔で「どうぞどうぞ」と招き入れてくれた。
 ギターだけではなく様々な楽器が展示されていて、竪琴や革張りではない木製の板三味線といった珍しいものもあった。しかも3弦ではなく、マンドリンや12弦ギターのような金属製の二重弦を張った6弦三味線(たぶんオリジナル楽器だろう)。ネックにはフレットまで埋め込んであった。見事なインレイ(貝象嵌細工)や寄せ木細工の装飾が施されている楽器も多く、美しさに見とれながら興味津々であれこれ眺めていると、ご主人が「今すいてるし、触ってもらっていいですよ」と言ってくれたので、トイレで手を洗ってからちょっと弾かせてもらった。
 最初に手に取ったのは、もちろんアコースティックベース。いわゆるウッドベース(コントラバス)ではなく、ギター型のベース。しばらく弾いてると
「ベースを手に取ってくれる人は初めてやし、嬉しいですわ」
と喜んでくれた。
 やはり手作りの一点物は鳴りが違う気がする。アンプにつなごうかと言ってくれたが、アコースティックの響きが気持ちよくて、思わず「このままでいいです」と言ってしまったぐらいによく鳴った。夢中になりすぎて売り物だということを忘れ、ついスラップをやってしまった後で、傷がついたら大変だと青くなった。
 その後ギター(私が今までに手にしたことのある楽器の中で最高額の値がついていたので、少し手が震えた)を触らせてもらっていると、若いカップルが入ってきて可愛らしく弾き始めたので、邪魔しないようにそっと退散した。
小坂弦楽器工房のページ) 
 その後行った博物館の別館ではガラス工芸展をやっていた。吹きガラスではなくて、ガラス製の器にダイヤモンドペンでエッチングのような技法で細密な絵を描いたものだった。実物大のクジャクの羽を細部まで丹念に描いた作品や、大皿に本物の高級レースが敷いてあるのかと見まごうばかりに緻密にレースを描いた作品が特に気に入った。作品に照明をうまく当てていて、ホール全体が幻想的な空間になっていた。

 こんな時間の過ごし方をしても、朝のスタートが早いので家に着いたのはまだ午後1時半。たっぷり練習もできた。「早起きは三文の得」とはよく言ったものだ。



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Posted on 2016/11/05 Sat. 23:50 [edit]

category: エッセイ

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