ええかげん ええかげん

ベース弾きのヒトリゴト的ブログ

Notice

WEASE春のライブツアー 第3弾 初の名古屋公演決定!!
日 時 2017年5月28(日)14:00開場 14:30開演
会 場 LIVE SONGS
所在地 愛知県名古屋市中区新栄1-12-30 ホワイトプラザB1

詳細はホームページLive infomationをCheck it out!!
ホームページはこちら

佳き休日  

 今日は休日だったが、早起きした――――
 というか、休日だからといって長く寝てられる歳じゃ無くなったといった方が正確だ。
 キャベツと卵を炒めてカレー風味に仕上げ、トーストにのせた。濃く抽出したコーヒーには氷をたっぷり入れた。妻は早朝からパートに出かけているので、一人のゆったりした時間を楽しみながら、朝食を摂った。
 食後の一服をしているとき、居間の横にある洗面所兼脱衣所に目をやると、洗濯物が目につき、天気もいいし洗濯をすることにした。洗濯をして部屋の掃除をすれば9時半を待つのにちょうどいい。
 9時半を待っているのは1月からジム通いを始めたからで、オープンするのがその時間なのだ。(通うと言っても週末に行くのが精一杯で、週に1~2回。4月は多忙でほとんど行けていない)
 洗濯や掃除を終えジムに着くと、すでにたくさんの人たちがマシンに取り組んでいた。
 ストレッチを軽くこなして10種類ほどの筋力トレーニング。仕上げに併設されているプールで軽く泳いで有酸素運動、というコースをメニューにしている。
 マシンの負荷を少しずつ上げられてきていることを喜んだあと、小さな決意を胸に水着に着替えた。
「クロールで連続1km」
これが目下の目標で、今日こそ達成しようと思っていたのだった。
 学生時分、私は水泳部に所属していた。とはいっても決して速い選手ではなく、競泳というより遊泳に近い活動だった。当時の専門はブレスト(平泳ぎ)とバタフライだった(自由型では到底試合にならなかった)。
 現在はご多分に漏れず加齢により肩の可動域が狭くなっていて、バタフライは危険すぎるのでやらない。バックも肩が痛くて難しい。ブレストは流石にちゃんと泳げる(今の選手がやっているような腕のリカバリを水からあげてしまうような泳法では無い)が、好きな泳ぎは本当はクロール。なのに驚くほど息が続かないのだ。筋力は昔ほど無く肩も痛いくせに、泳いでいるとどうしてもピッチが速くなり、「ゆったり力を抜いて泳ぐ」という簡単なことができずにいた。
 力を抜いてさえいれば永遠に泳いでいられる、と思ったのは遠い昔日の話になっていて、喫煙の悪習もあるせいか1kmが信じられないほど遠く、ずっと歯がゆい思いをしていたのだった。
 それでも、通っている効果は徐々に出始めていて、ここ数回はずいぶん力が抜けてきているのを感じていた。
 プールサイドに出てみると、この時間は子どもたちのためのスイミングスクールが開かれていて、自由に泳げるコースは1コースしかなかった。だが、そのコースを使っているのは二人ほどの高齢のご婦人がいるだけで、幸運なことにお二人とも25mずつ刻んでゆっくり泳いでおられる。そういう方たちは、連続で泳いでいる人がいると端壁(飛び込み台のところやその反対側)で立って、追い抜くのを待ってくださる。
 「今日しかないぞ」
と改めて胸に誓い、水に入った。ウォーミングアップは既に筋トレマシンで済んでいる。壁を蹴ってゆっくりスタートした。
「水は軽いし息も楽だ。これなら行ける。」
500mほど泳いだあたりで、少しずつ人が増えてきて、男性も泳ぎ始めたようだった。でも、泳ぎながらうまく私をかわして抜き去っていってくれるので安心して泳ぎ続けることができた。通い始めた頃はこれができず、背後に泳いでいる人がいるのを感じると、ついムキになってピッチを上げてしまい、結局息が続かなくなっていた。

 今は初心者なんだ

そのことをどうしても認められずにいたのだった。
 600m,700m,と距離が伸びても全く疲れを感じない。目標達成を確信した。975mの最後のターンを終えて、最後の25mはスパートしようかと一瞬思ったが、やめた。ペースを守ることの方が価値があるように思えたからだ。
 1km完泳。
 足を着いて水から顔を上げたとき、まだまだいけそうだと感じた。息も少しも上がっていない。「永遠に泳げる感じ」が少しだけ蘇ったのが嬉しかった。それでも肩の辺りはぽかぽかと熱い。肩凝りで流れにくくなっていた血管が一気に開放され、血が流れ出しているようだった。嬉しく思うと同時に、痛みはないが無理は禁物かなとも思った。でも、1kmは無理な距離じゃなくなった。
 意気揚々と水から上がり、風呂場へと向かいシャワーの温度を少し下げて浴びた。冷たさが火照った体に心地よい。
 ジムを出て、自宅近くの喫茶で軽い昼食を済ませ、帰宅した。
 少し休憩を取った後、庭木の剪定に取りかかった。
花壇と源1 うちの庭(といっても小さな花壇と駐車スペースしか無いが)には、妻の趣味で花壇に雑多な草木が所狭しと植えられている。種類が多いだけに、手入れをまめにしないとすぐ雑然とした印象になってしまうのだが、ここのところの陽気で植木も草も伸び放題に伸びている。普段その剪定は妻がするのだが、夕刻まで帰らない妻を驚かせてやろうと剪刀はさみを手にした。
 飼い猫の源に長めのリードをつけて自由に遊ばせながら、鼻歌交じりに作業を進めた。源は花壇の草の中を探検するのが好きで、ずっとごそごそやっている。時折、パチンパチンと剪刀を振るう私をきょとんとした目で見上げている。
「なんやぁ?不思議かぁ?」
花壇と源2声をかけると、「クルルル」といった感じの、声にもならない小さなかわいらしい声を喉で鳴らして、またごそごそと草の中に姿を隠す。
 和庭園ではないので剪定と言ってもきれいに形よく刈り込むわけでは無く、なるべく自然な感じで仕上げることを心がけた。シンボルツリーにしているハナミズキの枝を刈るときには、妻の思いと違ったらどうしようかと少し躊躇したが、下の方の枝を思い切って払った。
 剪定作業を終え、足元に散らばった枝葉を掃き集めゴミ袋に入れて、たばこに火をつけた。すっきりした庭を眺めて一人悦に入ってると

き休日

ということばが浮かんだ。「佳き」という漢字がぴったりな、ちょっといい日だな、そんなことをぼんやり考えてたら源が「ニャア」と声をあげた。そろそろ家に入りたいらしい。



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Posted on 2017/05/21 Sun. 07:38 [edit]

category: エッセイ

失神  

遅くなりましたが、4月22日のびわこジャズ東近江2017に関連する記事です。
しかし、「観客に失神者が出た」とかそんな話ではもちろんなく、かなり残念な話です。

 びわこジャズ東近江2017の前日。東近江の地に前乗りし、昨年も泊まった安い温泉宿で前夜祭と称する宴会を開いた。参加者はバンドメンバーのみ。

 その日私は朝から仕事で、夕刻からはどうしても抜けることのできない職場の親睦行事に参加しなければならなかった。東近江まで車で行く必要があるので親睦行事でアルコールを飲むわけにはいかず、「ビールなしの焼き肉」という過酷な精神修養を強いられる羽目になった。早めの途中退出をしたが時間はひどく長く感じた。
 いったん家に戻りアンプやベースを積み込み、同じく仕事が長引いたボーカルの宇野氏を彼の自宅でピックアップして高速をひた走り、宿に着いたのは23時近かった。
 手早く温泉につかり、仲間たちが待つ宴席についた私は、腹こそ焼き肉で満たされていたが喉がアルコールを渇望していた。
 ビールを何本か開けた後、お待ちかねのドラムの山中氏手製の鮒寿司が皿に盛られた。(※鮒寿司――琵琶湖沿岸の家々で古来より作り続けられている、滋賀県の名物。琵琶湖に棲む大型の鮒に、米を詰めて塩に漬け込むなれ寿司。独特の香りがある。)山中氏は奥方の父上に教えを請うて、鮒寿司作りに初挑戦した。初めて漬けたとは思えない鮒寿司を肴に、これまた山中氏持参の近江の地酒に舌鼓を打った。
 翌日が楽しみにしていたライブ。そして誰と飲むより楽しいバンドメンバーと囲む宴席。それでつい飲み過ぎたのか、連日のハードワークがたたったのか――
 用を足しに立って、板の間に出た途端私の視界はブラックアウトした。一部始終を見ていた仲間たちの言によれば、まるで切り倒された木がゆっくり倒れるかのように、私は直立姿勢のまま前のめりに倒れたそうだ。
 強い「ガン」という衝撃で意識はすぐに戻り、前歯を爆発的な激痛が襲った。
「あかん、マジやマジや」
という仲間たちの声と駆け寄ってくる気配――。口内に広がる鉄臭い血の味――。腫れた唇
 意識がはっきりしてくるにつれ、歯が折れたかと心配になり、指で確認したがどうやら無事のようだった。少しぐらつくような気もするがたいしたことはなさそうだ。出血は上唇だけで済んでるようだった。 
「大丈夫大丈夫」
 心配してくれるメンバーたちにそう応え、タオルを濡らすために洗面所へ向かった。冷やさないと明日の本番、とんでもなく腫れた顔でステージに立たなくてはならなくなると心配したのだった。
 しばらく冷やしても痛みは相変わらずで、もうそれ以上飲む気にもなれず、床を延べてもらい私は一足先に眠った
 翌朝、冷やしたのが効いたのか、思ったより腫れはたいしたことなく、口髭のおかげで傍目には分からない程度で済んだ。

 そして本番。
 多忙を言い訳にした練習不足と前夜のハプニングがたたり、私自身の演奏は決して満足できる状態に無かった。
「客前に立てるレベルや無いがな」
そう私は独りごちた。
節制を考えなければならない歳になってる――
そのことを痛感した、春ライブ第1弾となってしまった。
(リベンジを誓った5月4日の大宮グッドフェスティバル2017の模様は、左の動画をご覧あれ。※スマホ等で閲覧の方はMENU→LIVE VIDEO.)

※写真は後日自宅にて撮影。困り顔が我ながら腹立つ!(^_^;)




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Posted on 2017/05/13 Sat. 21:06 [edit]

category: エッセイ

日本バスケットボール協会のお偉いさんへ  

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 先日、妻とプロバスケの試合を見に行ってきた。京都ハンナリーズ対琉球ゴールデンキングスのカード。
 妻はバスケの家庭婦人リーグに所属しているチームでずっとプレイを続けていて、熱心なバスケットファンなのだが、私自身はバスケットにはあまり興味がなかった。しかしプロ化したバスケットに最近興味を持ち始めていて、京都ハンナリーズのホームアリーナが住まいのすぐそばにあるのだし、一度見てみようと思い立ったのだ。
 調べてみるとチケットはオフィシャルブースタークラブ(公式ファンクラブ。バスケットはファンのことをブースターと呼ぶらしい)に入会して入会特典のチケットを手に入れる方が安く、そのチケットを持って会場に入った。
 客席は8割方埋まっていて、会場は熱気に包まれていた。
 私の席はゴール下のアリーナ席だったので迫力満点。ハンナリーズがずっと押され気味の試合だったが、ハンナリーズが特別好きって訳でもないのでゲームそのものはとても楽しむことができた。
 しかし、である。ずっと私は違和感を抱えたままだった。バスケットはゴールに向かってショットを打つたびに、攻守が交代する。オフェンス時はブースターたちが
「GO!GO!ハンナリーズ!GO!GO!ハンナリーズ!」
の大合唱をし、ディフェンス時は
「ディーフェンス!ディーフェンス!」
と大合唱をする。「それも言うなら”ディーフェンド!”やろ」と大人げないツッコミを入れたいわけではない。私の違和感は、その合唱がオフィシャルMCのマイクパフォーマンスの先導の元にあるという点だ。
 ブースターたちが自発的にする分には、当たり前のことだと思うが、会場には沖縄のチームブースターたちも少ないながらいる。彼らの声援は体育館中に響く大音量のMCにかき消され、きっと選手たちには届かないに違いない。
 これはちょっと変だなぁと思っていたが、盛り上げようと頑張っているんだなと、はじめは私も好意的に見ようとしていた。
 しかし違和感の極めつきがあり、私の感情は違和感から怒りに近いものに変わった。それは天井につるされたビジョンいっぱいに映し出される「ノイズメーター」なる映像だ。
 ハンナリーズにファールがあってゴールデンキングスにフリースローが与えられると、「Booooo!」と大ブーイングがショットが終わるまで体育館を包む。その間、ビジョンに映されている、車のタコメーターのような「ノイズメーター」の針が動き、「レッドゾーンを目指して、もっともっと!」という感じでブーイングをあおるのだ。
 ブーイングはいわば野次の一種であることは誰も異論がないだろう。あまり上品なものではない。しかし贔屓チームのピンチの時に観客がブーイングをするのは、どのスポーツであっても最近は珍しいことではなくなっているのは知っている。
 だがそれをオフィシャルにあおるようなことは、どこもやっていないはずだ。むしろ選手やチームからは喜ばれない行為だと私は思っている。
 会場には、ミニバスケットをやっている小学生たちや、学校のクラブでバスケットをやっている子たちもたくさん来ていると思う。彼らはきっと野次ったりブーイングしたりすると監督やコーチからは厳しく叱責を受けていると思う。高校生の時に部活でバスケをしていた娘に聞いてみたが、やっぱり野次った子は叱られてたそうだ。
 プロバスケの会場は、バスケットに情熱を燃やしている子どもたちを教育し、彼らが憧れる空間であるべきだと思う。その子たちの目の前で、こんな愚かしい行為をオフィシャルにする感覚が、私には信じられない。
 プロ化間もない日本のバスケ界。盛り上げたい気持ちはよくわかる。確かにピリオド間やタイムがかかるごとにチアガールたちが登場し切れのある演技を披露したり、会場をMCやマスコットキャラクターが回り、客席とコミュニケーションを図っていたりと、いろいろな工夫をしているのはよくわかったし、微笑ましい場面もいくつもあった。もちろん選手たちの熱いプレイは胸を打ち、私も何度も声援を送った。

 しかし、スポーツマンシップに反するような盛り上げ方はどう考えてもおかしい。おそらく選手たちもそう感じているはずだ。

 会場を見渡してみると、客席の最後方、二階席の上の方で静かに見ている観客はたくさんいた。きっと彼らは古くからのバスケットファンなのだと思う。私も次にもし見に来るなら、アリーナ席は避けようと思った。


 バスケット協会のトップの方々に言いたい。

 日本のトップリーグなんだという、
 自覚と誇りを持った運営をしてください!
 こんなことを続けていると、
 お祭り騒ぎをしたいブースターだらけになって、
 本当のバスケファンは育っていかないと思いますよ!


と、まあ、こんなネットの片隅で声を上げてみたところで届きっこないし、協会か新聞にでも投書してみようかな。




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Posted on 2017/03/27 Mon. 18:28 [edit]

category: エッセイ

衝動買い Schecter C-4 Custom  

 ベースを衝動買いした。

 今までずっとMoonってメーカーのベース一本で過ごしてきた。もちろん初めて買ったのがそれってわけではないが、30歳代のとき、当時相当無理してJJ-4ってモデルを買った。
 やはりいいものは音がいい。当然の如く、入門期に買った安いベースは弾くことはなくなり手放した。それにWEASEを組んでからフレットのすり合わせをしたり、ピックアップを交換(過去記事1過去記事2参照)したりして手を入れているうちに、ますます好みの音を出してくれるようになり、ずっとそれ一本で満足してきた。
 しかし数年前、ライブを目前にしてベースの調子が突然悪くなった。ライブ直前のギリギリで修理から戻ってきて事なきを得たが、一本だけで過ごしていくのには無理があるなと痛感した。
 以来サブ機がほしいなと思う気持ちを抱えてきたが、何らかのアクシデントに見舞われた場合、サブ機を持ってステージに立つこともあると考えると廉価版を買う気にはなれない。
 好みの音が出せずにステージに立って、不完全燃焼で終わって愚痴をこぼすとか、そんなみっともない真似はしたくないし、そんな気持ちで買われる楽器が不憫だ。そういう楽器は若い子たちが目一杯楽しんでるステージで使われるべきだ。
 かと言って私の懐具合からして高価な楽器にはおいそれと手が出せない。子どもたちが自立してくれるまではちょっと無理だなと、半ばあきらめていた。
schecter1 こういう買い物は出会いだというが、まさにそうなのかも知れない。

 深夜まで仕事をしていたある日、息抜きにと覗いたネットの中で見つけた小さな中古ベースの広告。
 Schecterのベースだった。C-4 Customというモデル。
 クリックして写真を見た途端、一目惚れ。

 それまでにも中古のいい出物はないかなと検索したことは何度もあったが、胸の躍るようなものに出会ったことはなかった。同型機(カスタムモデルではなかったが)は楽器屋の店頭で試奏したことがあった。いろんな音が出せる面白いやつだというかすかな記憶が蘇った。
 Schecterのベースはハードロックやメタル系ってイメージがある。確かにロックによく合うエレキギターの様な音作りも簡単にできるが、素直なベースらしい音もちゃんと出た。でも見た目のスタイルがおっさんには不向きだなと思った。
 しかし広告の中のそいつは塗装が違った。派手なラッカー塗装やポリ塗装ではなく、渋いグラデーションのオイルフィニッシュ加工が施されている。
 ベースを始めた頃、私にベースの手ほどきをしてくれた上手い友人が持ってたのがオイルフィニッシュのベースだったこともあって、このタイプのベースに憧れに似た気持ちを持ってた時もあった。しかし、そんなことはすっかり遠い記憶になっていたにもかかわらず、その広告写真から目が離せない。

 ときめいたのだ。「出会い」だ。

 価格を見ると、もともとが超高価ってランクのベースじゃないから、中古のそいつは私にも十分手が届く。気が付いた時には購入手続きを済ませてしまっていた。

schecter2 3日ほどしてそいつは届いた。
 ドキドキして梱包を解いた。写真ほどの渋さはなくてちょっとがっかりしたが、オイルフィニッシュは使い込むうちに味わいの深みを増す。
 早速、試奏。家の中なのでアンプに通して爆音を鳴らすわけにはいかず、ミキサーにつないでヘッドフォンで聴きながら弾いてみた。期待通りの音がした。ネックの厚みや太さも私の手に合ってかなり弾きやすい。それに何より軽くて楽だ。
 MOONのベースはボディの木材の圧縮が丁寧だ。また塗装も良質のクリアラッカーを厚く塗ってあるので、20年使っても光沢は一向に衰えず、傷もあまりない。しかし、そのせいでとにかく重い。この年になってくるとその重さがつらいなと思うこともある。
 もちろん、木材の高圧縮と良い塗装のおかげで、Moonの音の深みと伸びはこの上なく心地よい。だから、Schecterが家にきても、メインの座は譲らないと思う。
 でもSchecter独特のロックサウンドを生かせる楽曲がWEASEにはあるなとも思うし、軽いのは練習の打ち上げ後の千鳥足にはありがたい。だから出番は少なからずあると思う。いい子が来てくれたなと思う。

 それから数日して、ネックの反りに気付いた。ローポジションの1弦の音詰まりがひどい。やっぱり中古かと、少しブルーになったが、ロッド調整で十分対応可能な程度で簡単に直り、問題なし。今は元気に音を出してくれている。
 クリスマスの直前の23日、忘年会兼音収めのWEASEのスタジオ練習がある。初めてアンプを通して弾く。どんな姿を見せてくれるのか楽しみで仕方がない。当日は弦とバッテリーを新しいもの替えてやろう。



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Posted on 2016/12/21 Wed. 23:56 [edit]

category: エッセイ

新しい家族  

 私の通勤路に動物愛護管理センターがある。以前はそこで飼い主が見つからない保護した犬たちの頒布会を時々やっていたのだが、最近は頒布会の会場は移したのか、やらなくなっている。
 妙な予感は朝からあって、そこで頒布会があって立ち寄っている夢を見た。頒布会に行ったことなどない。連れて帰ってもらえない動物たちは殺処分が決まっている。そんな場所にはよほどの覚悟がない限り立ち寄れない。それに現在の我が家の状況からして犬は飼えない。今年8歳になるモモという名の猫がいて、この子がとても臆病で犬との同居はまず無理だ。それに加えて餌だけ食べにくる片目の不自由な野良もいて外で飼うことも難しい。妙な夢だなと思いながら出勤の支度をした。
 センターに面した道路から見える外のケージに動物がいることに、最近はほとんど遭遇しなくなっていてちょっと油断していたのだが、その日の帰宅時、何気なくそちらに目をやると一頭の柴犬がいた。ドキッとしてアクセルを緩めた。
「止まるか?引き返すか?」
「いやいや、ムリだ」
「ほっといたらあの子、死ぬぞ」
「しかたないやろ。うちの子たちはどうするんや。責任持てるんか。みんな幸せにできるんか」
道の端に車を寄せ、止め処ない懊悩に苦しみ、諦めて車を発進しようとした時、スマホの着信が鳴った。バンドメンバーからのLINEだった。

「女紹介したろかと思て」
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「かわいいやろ。どう?」
「え?何?飼わんかってこと?」

 写真を見た私は30年ほど前のことを思い出した。
 私は学生時分に汚いアパートでこっそり猫を飼っていた。大学の生協の食堂で学生コンパが開かれていた夜、酔って歩いてる学生たちの雑踏の中、子猫が必死で餌をねだるように鳴いていたのだ。しかし、酔った学生には気付かれずポンポンと蹴とばされていた。それでも必死で鳴き続けている。そのことに気づいた私はその子をアパートに連れ帰ってしまったのだ。しかし、金が無いのと無知だったこともあって、避妊手術などはしていなかった。2年後、その子は5頭の子どもを産んだ。白猫は2頭で3頭は白黒のブチだった。
 大家は黙認してくれていたのだが、流石に子どもが生まれると只では済まず、アパートでは飼えなくなった。仕方なく所属していた軽音楽クラブの部室のある学生会館の屋上に、こっそり猫小屋を作ってそこで飼っていた。クラブの後輩や当時のバンド仲間たちもかわいがってくれていて、子猫のうち真っ白の子とブチの子の1頭ずつは、実家で飼うからといって引き取ってくれた。残った子たちを何とかしないと思っていたある日、学生課に見つかって追い出されたと後輩から電話があった。あわてて大学に駆け付け、敷地内のあちこちや近所を探し回ったが見つからない。保健所にも問い合わせたが保護してないとのことだった。
 結局その子たちと再び会うことはなかった。今でも残る私の古傷だ。
 その時の子猫に左の子がそっくりだった。

 「嫁さんの友だちン家の猫。飼い主さがしてて。右の子。オス。よかったら。」
縁だと思った。左の子ではなかったが、写真の中で子猫が
「柴犬クンの代わりにボクが行ってあげる」
そう言ってる気がした。妻も無類の動物好きで、事情を話せばきっと反対はしないだろう。その場でO.K.した。ラインを送ってくれたバンドメンバーは、あまりに私があっさり引き受けたのでちょっと心配してくれたが、大丈夫だからとラインを送ってスマホを閉じた。
 家に帰って、まだ仕事から帰ってなかった妻にメールと写真を送った。
 小1時間ほど経って、玄関のドアを開けるなり妻は2階に駆け上がってきた。
「いつ来るん?いつ来るん?」
と大騒ぎしながら。(笑)
 その日の夜、猫を世話してくれるというIさんという方と連絡を取った。その方が飼ってる猫ではなく、その人の知り合いの猫だそうで、週末の日曜に連れてきてくれるという。その猫は8月25日生まれだそうだ。私は結婚してからも猫とはずっと一緒に暮らしてきたが、あの安アパートで生まれた子たちを除き、出会ってきた子はみんな野良で、生年月日が分かっている子は初めてだ。
 翌日、Iさんからラインが入った。どうしても都合がつかず、連れて行けるのは約束の翌週の土曜になるという。盛んに恐縮しておられたが、ワクワクして待つのが一週間増えただけだと返信した。
 そして、いよいよその日がやってきた。昼頃に電話が入った。すると、先方の手違いで連れて行くはずだった子はすでによそに引き取られていて、残っているのは写真の左の子だという。
 私はまた縁を感じた。あの写真を見た時のあの感じ、内心「左の子じゃないのか」と少しだけ感じてしまった残念な気持ち。最初からあの子が来ることになっていたんだと思った。
 めちゃくちゃ恐縮されているIさんに、「ご縁だから」と伝えようとするのだが、よほど慌てておられるのか、なかなかこちらの言葉が届かない。なんとか
「大丈夫ですから連れてきてください」
と伝えて電話を切った。
 ラインで送られてきた写真を見て私たちはふきだした。
IMG_2507 (1)
「どうせ手違いやし」
とすねてるように見えたからだ。

 この子の家の宝塚から京都まで車で来られるIさんの、時々入るラインをそわそわしながら私たち夫婦は待った。近くまで来たという知らせが入ったときは、もう待ち切れず外に出た。
 Iさんの運転するプリウスに乗って、静かにその子はやってきた。車のドアが開き、キャリーに入って現れたその子はずいぶん落ち着いてるように見えた。おびえた様子はない。家に上がってもらいキャリーから出すと、すぐに興味津々な様子で部屋の中を探検し始めた。抱き上げても嫌がらない。
 ロングドライブだったし、きっとおしっこがしたいだろうとトイレのそばまで連れて行ってやると、すぐに用を足した。慣れるためにと思って、お願いして持ってきてもらった前の家のトイレ砂は必要なかった。賢い子だ。
 Iさんが帰られた後、起きてきた娘とその子はおもちゃで遊び始めた。猫は環境の変化に敏感で、新しい家になれるのには日数が必要なことが多いが、なんて順応性の高い子だと感心した。
 俳優の星野源にはまっている娘は、この子に「源ちゃん」と名付けた。私は別に星野源が好きでも何でもないが、なかなかいい響きだと賛成した。妻も異論はないようだった。
 その後、来客におびえて2階に引っ込んでいたモモが下りてきて、緊張の初対面をした。源ちゃんはモモと遊びたそうに寄って行ったが、臆病娘のモモは、威嚇の声をあげ寄り付かせようとはしなかった。モモにはもう少し時間が必要なようだ。

gen その夜、妻も私も源とたくさん遊んだ。告白するが、実は私はモモにはあまり好かれておらず、一緒に遊ぶどころかそばに近づくことさえ敬遠されている。久々に猫と遊べた私は大満足だった。
 妻はモモが気がかりで、早々にモモと一緒に床に就いた。娘はバイトに出かけ、私は源と二人きりで遊んだ。膝の上でちょこまかと跳ね回りながらおもちゃを追い掛け回す、何年振りかに味わう子猫の重みと感触が心地よかった。膝の上で休んだり私が立つと後を追ってきてくれたりするのもうれしかった。風呂に入って出てくると、風呂のドアの前で座って待っていた源を見て、私は完全にハートを射抜かれてしまった。
 普段なら私は宵っ張りで、深夜まで起きていることが多いのだが、少し風邪気味なこともあって早めに床に就いた。源は私の布団に入ってきた。猫と同じ布団で寝るのは、結婚してすぐに一緒に暮らし始めたチャン太と名付けたオス猫がいた時以来だから、10年ぶりぐらいになるか。さらに告白するが、私に懐いたのはチャン太だけで、結婚した後に一緒に暮らした他の子たちはみんな私が苦手だった。猫は男の低い声が苦手なんだという話やメス猫は特に男声を苦手とするんだという話を聞いて、それで自分を慰め続けてきた。息子には懐いていたが、それはあえて考えないようにしてきた。源の前のご主人も男性だったらしいから、それもあって私が平気なんだろう。有り難いことだ。
 風邪がうつっては大変と、寝息がかからないように気を付けつつ、源の体温を感じながら私は心地よい眠りに落ちた。


 これから源を加えた生活がどうなっていくのか、楽しみは尽きない。
 早くモモがこの生活に馴染んでくれることを、今は一番願う。






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Posted on 2016/11/13 Sun. 18:38 [edit]

category: エッセイ

The early bird catches the worm.  

 最近、朝一番で映画を見ることにちょっとはまっている。
 以前は休みの日はちょっとでも長く寝ていたかった性質(
たち
だったのだが、年のせいか休みの日でも早く目が覚める。だから何か有意義な過ごし方はないかと思っていて、元々映画好きだったこともあって、すっかり癖のようになってしまった。流石に毎週というわけにはいかないが、会員になってネットでチケットを買えば500円も安いことが分かり、ずいぶん気軽に行ける。
 私の住まいからは京都の中心的繁華街の河原町まで電車で4駅。よく行く映画館は河原町通りからほど近い新京極通にあるシネコン(MOVIX京都)で、8時半に家を出れば1本目の映画に十分間に合う。新京極通は観光客でにぎわう商店街なのだが、私が映画館を目指して歩いてる時間は、ほとんどの店がまだシャッターを下ろしていて、通りはガランとしている。朝の空気の中、開店準備に余念がない人々を見て歩くのはなかなか清々しい。
 また、少々早めに家を出た日は、普段なら人が多くてまず入ろうとは思わない誓願寺や錦天満宮にもお参りすることもあり、ちょっとした散歩気分で歩ける。特に誓願寺は、「落語の祖」と呼ばれる安楽庵策伝上人ゆかりの寺で、芸事上達祈願のために訪れる人も多く、こっそりベースの上達をお願いしたりしている。もっとも、そんなお参りなんかしていないで、映画見ている時間を練習に当てる方が上達は早いのだろうが。まあ、他力本願は大乗仏教の教えの中心だし、仏様も大目に見てくださるに違いない。(他力本願の意味が違うわいって怒られるかな)
 今日見た映画は「奇蹟がくれた数式」。ラマヌジャンという、第一次世界大戦の頃に実在したインドの天才数学者とイギリスの数学者の話。その映画館に行くときは、いかにもハリウッド的な話題作をよく見ていて、そうしたちょっと地味な映画の場合は京都シネマという単館系の映画をかけてる映画館に行く方が多いのだが、今回は何となく後味爽やかな作品が見たくてこの映画を選んだ。配給会社の宣伝文句には「奇跡と感動の実話」とあったが、その語感からくるような「安っぽくて押しつけがましい感動や涙」を狙った作品ではなかった。主人公たちの生き方を淡々と描いていて、見た後にすっきりとした感動に包まれるような、今日の気分にぴったりの映画だった。見るべき価値のある一本だと思う。(公式サイトはこちら
 映画を見終わって早めの昼食を軽く摂ってから、一駅分歩くのを常としている。途中に京都文化博物館があって、そこで時々面白い展示がされてるからだ。今は吉村作治先生監修の「国立カイロ博物館所蔵 黄金のファラオと大ピラミッド展」をやっているが、それは前回見たので、今日は別館ホールでやっているであろうイベントを期待して歩いた。本館は現代的な建物だが、別館ホールは旧日本銀行京都支店で、重要文化財にも指定されているとても気持ちのいい空間。中庭でタバコも吸えるし、ちょっと気に入っている。
 前回はエジプト展を見た後、別館で学生弦楽オーケストラの無料コンサートが開かれていて楽しんだ。私が見たのは京都芸大の演奏だった。流石芸大へ通う学生だけあって水準は高く、天井の高い空間にコントラバス、チェロ、ビオラ、バイオリンなどの音がいい感じに反響し、最高の音空間になっていた。
 今日もいいものやっていればいいがと思って歩いていると、町屋を改装した小さなギャラリーの前の「小坂弦楽器工房展」という看板が目についた。気になって中に入ってみると、工房の主人らしい人が一人でギターをいじっていた。
「ちょっと見せてください」と言うとにこやかな笑顔で「どうぞどうぞ」と招き入れてくれた。
 ギターだけではなく様々な楽器が展示されていて、竪琴や革張りではない木製の板三味線といった珍しいものもあった。しかも3弦ではなく、マンドリンや12弦ギターのような金属製の二重弦を張った6弦三味線(たぶんオリジナル楽器だろう)。ネックにはフレットまで埋め込んであった。見事なインレイ(貝象嵌細工)や寄せ木細工の装飾が施されている楽器も多く、美しさに見とれながら興味津々であれこれ眺めていると、ご主人が「今すいてるし、触ってもらっていいですよ」と言ってくれたので、トイレで手を洗ってからちょっと弾かせてもらった。
 最初に手に取ったのは、もちろんアコースティックベース。いわゆるウッドベース(コントラバス)ではなく、ギター型のベース。しばらく弾いてると
「ベースを手に取ってくれる人は初めてやし、嬉しいですわ」
と喜んでくれた。
 やはり手作りの一点物は鳴りが違う気がする。アンプにつなごうかと言ってくれたが、アコースティックの響きが気持ちよくて、思わず「このままでいいです」と言ってしまったぐらいによく鳴った。夢中になりすぎて売り物だということを忘れ、ついスラップをやってしまった後で、傷がついたら大変だと青くなった。
 その後ギター(私が今までに手にしたことのある楽器の中で最高額の値がついていたので、少し手が震えた)を触らせてもらっていると、若いカップルが入ってきて可愛らしく弾き始めたので、邪魔しないようにそっと退散した。
小坂弦楽器工房のページ) 
 その後行った博物館の別館ではガラス工芸展をやっていた。吹きガラスではなくて、ガラス製の器にダイヤモンドペンでエッチングのような技法で細密な絵を描いたものだった。実物大のクジャクの羽を細部まで丹念に描いた作品や、大皿に本物の高級レースが敷いてあるのかと見まごうばかりに緻密にレースを描いた作品が特に気に入った。作品に照明をうまく当てていて、ホール全体が幻想的な空間になっていた。

 こんな時間の過ごし方をしても、朝のスタートが早いので家に着いたのはまだ午後1時半。たっぷり練習もできた。「早起きは三文の得」とはよく言ったものだ。



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Posted on 2016/11/05 Sat. 23:50 [edit]

category: エッセイ

秋の闖事  



【闖事】(ちん・じ)馬が突然門から飛び出してくるような思いがけない出来事。珍事・椿事と同意。

<参考> 新明解言葉辞典      


 私の場合は馬ではなかった─────



 私の住まいは京都市だが、毎朝京都市の西に位置するK市に車で通勤している。
 K市は京都市や大阪のベッドタウンとして開け、現在は人口9万人を有している。中心部は開発が進みにぎやかな様相を呈しているが、田園風景が広がる長閑な場所も多い。私の勤務地も田園地域にあり、今年の夏は熊が2度も住宅地まで降りてきて大騒ぎとなった。特に被害はなかったが、2度目は目撃者と熊との距離がほんの数mだったと聞いて怖いなと思っていた。
 私自身も、相手は熊ではないが、今夏の夕刻、混雑する国道を避け山裾の細い道を車で帰宅している時に珍しい体験をした。5頭ほどのウリ坊がじゃれあって道路上にいたのである。そのあまりの可愛らしさに思わず車を停めて眺めていると、脇にある田から刺すような視線を感じ、そちらに目をやると母親らしい大きな猪が睨んでいる。まるで
「私の子供にかまうと只じゃおかないわよ」
と言っているようで、私はウリ坊に気を付けながら、逃げるように車を発進させた。
 田園地帯とはいえ、その地域には大学もあり、たくさん人が住んでいる。暑すぎた今夏、山の食べ物が不足していたのだろうが、こんなに大型の野生動物の目撃が相次ぐことは記憶にない。
 そして夏が過ぎ日照不足で野菜が高騰している昨今、例年なら実りの秋を迎えているはずの山も、植物の生育の悪さは同じなのかもしれない・・・・

 先日、いつもの時間に通勤のため国道を走っていた。職場まであと数100mというところで、突然車の右側から茶色い大型の動物が飛び出してきたかと思うと、リアタイヤのあたりのボディに「ガン」という強い衝撃音が聞こえた。大型の犬がぶつかったらしい。
 数m走って車を停め、サイドミラーで確認すると、それは犬ではなく、なんと鹿だった。角はないのでおそらく雌鹿だ。
 あわてて振り返ると、その鹿は座ったまま首を持ち上げている。車を降りようかと思ったが、相手は手負いの野生動物。うかつに近づくのは危険と思い、そのまま様子を見ることにした。鹿もこちらを見ている。その様子は何とも言えず不安げに見えた。
 しばらくすると、鹿は立ち上がり山手の方へ駆けて行った。足を引きずっている様子もないので少し安心した。
 見つめあっていた時間は、実際は数秒だったのだろうがずいぶん長く感じた。

 その事故現場のすぐ先に交番があるのを思い出し、立ち寄ったが警官は不在だったため、職場に着いてから電話で警察署に事故の報告をした。車は意外なことにまったく無傷だったが、手負いの鹿による二次災害が起きては大変だと思ったからだ。

 動物は高速で近づいてくる車が自分に向かってくると勘違いし、逃げようと思って飛び出してくることがあるという話は聞いたことがあったが、実際に体験するとは思いもよらないことだった。
 その後、鹿が出たという話は聞かないし、無事に山に帰ったのだと思うが、大きな怪我をしていないことを願う。
 山に棲む様々な動物たちは、今年の冬をうまく乗り切れるのだろうか。



後日譚──というほどでもない補足的記述

susuki そんなことがあってから、なんとなく山の様子が気になっていて、今週末周山街道から大原の里へ抜ける山道を車で走ってみた。そこは私の勤務地を取り囲む山ではないが北山杉の林を抜ける、お気に入りの道だ。
 木々は少し色づき始め、農家の庭先の柿はたくさん実をつけていた。動物たちが冬支度をするのに十分な実りが山中にあるのかどうかまではわからないが、私の心配をよそに山の風景は例年と変わりなかった。

 きれいなススキの群生を見つけて写真に収め、私は少し明るい気持ちになって帰途に就いた。






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Posted on 2016/10/23 Sun. 17:47 [edit]

category: エッセイ

ハプニング  

 お久しぶりです。私は相変わらずの日々を送っております。


 出演が決まっているジャズフェスティバルが目前に迫った、日曜日の朝。10時から始まった直前リハはお昼の2時に終わり、ミーティングを兼ねた打ち上げは、昼間からやってる鉄板焼屋で。いつものことながらメンバーと飲む酒はうまくて、ついつい杯が進み、案の定べろべろになった。
 7時半ごろに解散となり、大津市瀬田駅からJRに乗って京都駅に着いたのが8時ごろ。
 いつものように京都駅構内にある喫茶でコーヒー飲んで一息入れた。
 改札を出て、目の前にそびえる京都タワー前のバス停から自宅方面に向かうバスに乗った。
 座席に着き、ふと、財布を入れてたベースケースのポケットに目をやるとジッパーが開いてる。中を確かめてみると財布がない。
「え?落としたか?
────まあいいか・・・・・・ アイホンケースにイコカは入ってるし・・・・・・・
あかんあかん!キャッシュカードや免許証入っとるがな。何よりあの財布は思い入れのある大事な財布。とりあえず喫茶に戻ろう」

 発車時間待ちで停まっていたバスから飛び降り、機材を入れたバッグやベースの重さに閉口しながら駅構内へと走った。
「こういう時、イコカは改札スルーできて便利やな」
などと、相当ピントがずれた考えが頭をよぎるところを見ると、まだずいぶん酔ってるらしい。
 喫茶は駅の高架の通路にある。エスカレータを駆け上がる、楽器担いだ血相を変えたおっさんの姿は、周囲の人の目にはどう映ったろうか。

 喫茶店に入り、座っていた座席のあたりをきょろきょろするが、既に別の客が座っていて、怪しむ視線を投げかけてくる。カウンターの向こうにいるお姉ちゃんに
「あの──、緑色の財布、落ちて───」
と息を切らせながらここまで喋ったときに、彼女は素敵な微笑みを返してくれた。
「ああ。ハイハイ。」
と言いながら彼女の後ろの棚に置いてあった私の財布を出してくれた。
「これですね。岸本さん」
どうやら、中の免許証をすでに確認していたのだろう。彼女は少し笑いをかみ殺しながらそう言って、財布を返してくれた。汗流して息を切らしながら焦ってるおっさんは、相当に面白かったのだろう。
 心のどこかで半分あきらめかけてたので、すぐに手元に返ってきたことがめちゃくちゃうれしくて
「うわ~、よかった~。おおきに、おおきに」
と、何度もこのセリフを繰り返した気がする。
 その間、その娘はずっと微笑みながら私を見ていて、思わず抱きしめたくなったが、幸い彼女と私の間にはカウンターがあって、通報されるようなことは起きずに済んだ。


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Posted on 2016/10/04 Tue. 23:46 [edit]

category: エッセイ

thread: 大津ジャズフェスティバル - janre: 音楽

娘のバイク  

 今年大学3回生になった娘が自動車の運転免許を取得した。
 先輩から原付バイクを譲って貰うんだとかで、通学もそれでするつもりのようだが、セルが壊れたキックスタートのみのオンボロらしい。大学までは結構な距離があり、私は内心、「そんなバイク、初心者が乗るのは危険だなと」思っていて、近くのバイク屋で安い中古バイクを見つけ、これなら半分ぐらい出してやってもいいなと思ったが、娘は張り切って住民票とって名変の手続きをしたり、コンビニで自賠責に入ったりと、あっという間に話を進めてしまった。そして、彼氏のビッグスクーターにタンデムして喜び勇んで受け取りにいった。

 ところがその夜、娘は目を泣きはらして帰ってきた。
 受け取ったはいいものの、ガソリン空だったため近くのGSまで押していき、給油。いざキックスタートをしようとしたとき、誤ってアクセルあおったのか、そのままバイクは数メートル自走し転倒。カウルは大破し、一本しかなかったバックミラーも根本からぽっきり。そのあと、いくらキックペダルを踏んでもエンジンは掛からなかったらしい。多分プラグがかぶったんだろう。その後、とりあえず近くの彼氏のアパートまで、ボロボロになったバイクをべそをかきながら押して歩いたんだそうだ。
 娘は、「もう一生ペーパードライバーでいい」と落ち込んでいた。
 修理して乗るにしても結構な費用がかかりそうで、結局1mmも乗ることなく廃車にすることにした。
 仕方ないしちゃんとしたバイクを購入しようということになり、近くのバイク屋へ行った。めあては例の中古車だったが、卒業までの2年間、それだけ長距離毎日乗るなら、維持費を考えると新車買っても結局そんなに変わらないという店員のアドバイスに納得し、新車を購入することにした。壊れたバイクもただで取りに行って廃車にしてくれるという。
 納車の日、屋根裏の物置から昔使っていたヘルメットを引っ張り出し、バイトで帰りが遅くなる娘の代わりにバイクを受け取りにいった。任意保険の手続きもした。店員の取扱説明を受け、ヘルメットをかぶり店を後にした。
 バイクに乗るのは20年ぶりぐらいか。最初ちょっと緊張してふらついたのが、笑えた。

 10時ぐらいに帰宅した娘の初運転の練習につきあった。家の前でいろいろ操作法を教え、こわごわ乗る娘を見守った。
 少し慣れてきたので、「近所一周しておいで」と私は言い、娘は緊張の面持ちで走って行った。わずか数100mのコースだが、私はハラハラしながらヘッドライトの明かりが帰ってくるのを待った。
 娘が幼いときの、補助輪外した自転車の練習を思い出した。こんな気持ちで子どもを見守るのは久しぶりで、私はそのハラハラしている自分を少し楽しんでいた。
 大学までの通学は、京都の市街地を走らなけらばならず、週末にでもレンタルバイク借りて一緒に練習をしようと相談した。そんな会話も楽しかった。

 しかし数日後、練習がてらにと、彼氏のビッグスクーターの伴走で大学の近くに住む友だちの家へ、娘は出かけていった。

 娘の伴走をするのは、もう私ではないらしい。 

 走り去る娘を見送りながら、妻はぽつりと
「巣立ち、やね」
と言った。



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Posted on 2016/04/17 Sun. 10:55 [edit]

category: エッセイ

ジョニ黒  

 私の酒歴は浅い。たかだか10年ほどだ。今でこそ毎日晩酌をするようになったが、以前は宴会の席で飲むことはあっても、自宅で飲むことは滅多になかった。酒より飯、だった。また酒に強い方ではなく、たまに飲むとすぐに酔いつぶれて寝てしまっていた。蒸留酒より醸造酒が特に苦手で、日本酒やワインなどを飲むと全身が怠く重たくなって、気分が悪くなることもしばしばあった。ビールなんて苦いだけでどこが旨いのかと思っていたし、酒が旨いとか言っている人も、どこか格好を付けてるだけで、本当のことを言えばジュースの方が旨いと思ってるんじゃないかとさえ思っていた。
 そんな私が、毎日のように飲むようになったのは、あるきっかけがあったのだが、それは今日の話とは関係がないので割愛する。とにかく今は毎晩飲まずにはいられない。平日はそんなに深酒をするわけではないが、毎日飲んでると自然に腕が上がり、酒豪揃いのバンドの打ち上げでも、メンバーと一緒に最後まで飲めるようになった。そして何よりうれしいことに、酒が美味いと思うようになった。
 普段は経済的なこともあって発泡酒ばかり飲んでるが、時々ウィスキーが飲みたくなる。酒を殆ど飲まなかった頃からウィスキーだけは美味いと思っていた。そんなに沢山飲めはしなかったが、飲むんならウィスキーが良かった。
 ウィスキー好きになったきっかけは、小学6年生の頃だったと思うが、オヤジの酒棚にあったウィスキー(Super Nikkaだった)を悪戯してこっそりなめてみたことだ。口に含んだとたんに、味わったことのない感覚といい香りが鼻腔と口いっぱいに広がり、その後焼けるような熱さが喉を降りていった。まるで魔法にでもかかったような一瞬の出来事で、なんて不思議で美味いんだろうと思った。その鮮烈な感動が今でも忘れられないんだと思う。
 私の子どもの頃は、ウィスキーと言えばサントリーの角瓶か、ダルマと呼ばれて親しまれていたサントリーオールドが主流だった気がする。
 そして親父たちが特別な思いで語っていたのがスコッチウィスキーだった。
 1ドルが350円の時代、舶来(この言葉も懐かしい。輸入品のこと)のウィスキーは高価で、一般家庭がおいそれと買えるものではなかった。中でもジョニーウォーカーは高級品で「ジョニ赤」と呼ばれていた赤ラベルのものは、頂き物で我が家でも見たことが何度かあって、親父はそれはそれは大事そうに飲んでいた。そして親父は「『ジョニ黒』という黒ラベルのものがあるんだ」とあこがれの気持ちを込めて、殆ど幻の酒のように語っていた。調べてみると当時ジョニ黒は1万円ほどで、大卒初任給の2ヶ月分相当だったと言うのだから驚く。

 昨日旨いウィスキーが飲みたくなって、酒屋に行った。いつもは国産ばかり飲むのだが、少し奮発するつもりで輸入品コーナーへ行った。輸入品は高いと思ってしまうのは子ども時代にすり込まれた先入観で、ずいぶん買いやすい値段になっているのは知っていたが、改めてじっくり見てみると驚くような値段のモノがある。中でも一番驚いたのは、ジョニ黒のグラス付きの特別パッケージで、2000円ほどで売っていた。国産のちょっといいランクのモノより遥かに安い。どんな仕組みでそんな値段で買えるのか知らないが、有り難い時代になったものだ。
 迷うことなく購入。家に帰ってわくわくしながら飲んだ。もちろんストレートで。いい酒は水や炭酸で割るのはもったいない。
 やはり旨い。すっと喉に入っていく。角の取れたいい味わいをしている。もちろんスコッチウィスキーの特徴のスモーキーフレーバーもしっかりあるが、味わいとのバランスもいい。
 モルトウィスキー(※1)のように輪郭のはっきりしている酒もいいが癖が強い。本腰を入れて飲む時はモルトもいいが、ブレンディッドウィスキーの方が私は好きだ。
 ブレンディッドというと大量生産のためのものと誤解を受けることがあるが、そうではない。スコッチはモルトウィスキーの癖をグレーンウィスキー(※2)で和らげ、まろやかにするためにブレンドが行われる。
 そして今回調べてみて初めて知ったのだがジョニーウォーカーの黒ラベルは40種類ものウィスキーをブレンダーが精魂込めてブレンドしているそうだ。つまりかなり贅沢な造りをしていて、しかもその全てが12年モノ以上の長期熟成。(ウィスキーは12年からがらりと性格が変わるといわれる。)やっぱり一級品の酒だ。 

 まあ、私の知ったかぶりの浅薄な能書きを遥かに凌駕して、この酒は確かに旨い。
 ぐだぐだうんちく書いてるより、もうちょっと飲もう~っと♪ 

jhonnywalker




※1 モルトウィスキー 大麦麦芽が原料。ラウドスピリッツ(主張する酒)と評される。
※2 グレーンウィスキー 原料はトウモロコシと大麦麦芽を5:1の割合で配合。サイレントスピリッツ(沈黙の酒)と評される。


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Posted on 2016/02/12 Fri. 23:25 [edit]

category: エッセイ

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